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ミスター絡み辛いこと kurokabi のブログです
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麻生副総理のナチス発言を報道で聞いて、

・ナチスのやり方を肯定している。
・国民が知らない間にこっそりと憲法改正しようと目論んでる。

などと受け取った人は多いのではないでしょうか。

私も「ナチス云々の問題じゃなくて、こっそり憲法改正しようと考えてることが問題だろ!」
とか思って、麻生発言の全体を調べました。

そしたら驚きです。
http://www.youtube.com/watch?v=lCDW5W8Bt1o
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/6b89208cd11f42779db13f86bdef76b3
http://www.asahi.com/politics/update/0801/TKY201307310772.html

麻生さんの発言の趣旨は以下の通り。
・護憲してれば平和になるわけではない。
・しかし改憲すればいいってもんではない。
・狂騒、狂乱の中で決めてはならず、落ち着いて、状況を見極めて憲法改正しなければいけない。
・ヒトラーもワイマール憲法下で民主主義によって選ばれた。憲法の運用も慎重であるべき。
・狂乱の中で決めて悪い結果となった例としてナチスの話を出した。
・さらに、糞マスコミが騒ぎ立てると近隣国まで騒ぎだす。落ち着いて静かに議論を進めるべき。
・そういう意味では、ナチスがこっそりと憲法を骨抜きにした、その手口学んではどうか(ブラックジョーク・皮肉的に)。

真逆やん。
報道と真逆やん。

報道した人間が言葉を理解できない馬鹿なのか、
意図的に誤報したのかのどちらかだが、
当然後者だろう。

数年前から言われてるが、マスコミは地に落ちた。

刺激的な内容に歪曲して売り上げを伸ばそうとしたり、
わざと炎上させて、さらなるスキャンダルを作りあげて売り上げにつなげたり、
売上至上主義で、「事実を正しく伝える」という精神・プライドなど持ち合わせていない。

中にはそういうプライドを持って仕事をしてる人もいるのでは?と思うかもしれないが、
いない。ゼロだ。

もしいるなら声を上げるはずだ。
自分のツイッターなりブログなりで、自分の所属してる報道機関を批判するはずだ。

だが、それ程のプライドを持っている人間がいないから、内部からそういう声が上がらない。
それが真実。

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人がなにか行動するとき、メリットやデメリットが発生する。
どちらか片方、もしくは両方。

例えば、新発売のゲームソフトを手に入れたい場合、
それを行動に移すときに以下のメリット・デメリットが発生する。
(カッコ内は度数)

メリット:ゲームで遊べる(70)
デメリット:お金が減る(30)、店へ行くための時間と労力(10)

メリット70デメリット40 となり、
その差分、メリット30が行動するためのモチベーションとなる。


しかし、もしも近所の店が潰れていて、電車で都心まで行かなければ買えない場合、

メリット:ゲームで遊べる(70)
デメリット:お金が減る(35)、店へ行くための時間と労力(40)

と、なるかもしれない。

その場合、デメリットの方が若干上回るので、
「うーん」と迷って結局買いには行かない。


また、都心の歯医者に行って治療をするという行動の場合

メリット:虫歯が治って痛みがなくなる(150)
デメリット:お金が減る(25)、歯医者へ行くための時間と労力(40)、施術が怖い(10)

メリット150デメリット75 となり、

歯医者には行くだろう。


そして、先ほど断念したゲーム購入だが、
「ああ、じゃあ今度都心に歯医者へ行くから、そのついでに買おう」と、
別の行動と抱き合わせで考えた場合、

メリット:虫歯が治って痛みがなくなる(150)ゲームで遊べる(70)
デメリット:お金が減る(55)、都心行くための時間と労力(40)、施術が怖い(10)、歯医者に行く日までゲーム出来ない。(20)

メリット220デメリット125となり、

歯医者へ行く日にゲームを購入できる。


つまり、普段から我々が何気なくしている行動判断は
メリット・デメリットのバランスによって決定されているわけだ。

自分にとってのメリットがデメリットよりも上回ったときだけ、
人は自らの意志で行動するのである。

「なんだか打算的で嫌な考え方だなぁ」と思う人もいるかもしれないが、

例えば、
クラスの中に性格の悪い奴と性格の良い奴がいたら、
通常は性格の良い方と友達になるだろう。

性格が悪い奴と関わるということは、不快な思いをさせられる。
それはデメリットが高まることだ。
だからそいつとは友達にならない。

結局、無意識的にメリット・デメリットのバランス(差)を考えて、
自分にとってメリットが多い方へ、デメリットが少ない方へ判断してるのだ。

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2011年05月16日の記事を転載

1722388968_189.jpg











高田馬場近辺の学校へ通う学生の中に
駅前ロータリーを不法占拠する糞学生がいる。

サークル活動や新入生の歓迎会などで、みんなで遊びに行くのだろうか。
その為に大勢の人間が横断歩道の途中にある通路に集合してしまうのだ。

端っこに寄ればいいのにわざわざ真ん中に集まっちゃったり、
さらには十人くらいで輪になってじゃんけんを始めちゃったりする。

思い切り片足を後ろに伸ばして握りこぶしを腰元へ、

せーの!最初はグー!じゃんけんぽん!

wwwwwwwwwwwww

まだ子供だし、親からまともな社会教育を受けていないので仕方が無いのかもしれないが、
横断歩道の途中にある通路に集合してしまうと人が通れなくなるという事が分からないのだ。
すげーバカなのである。

高田馬場に十数年済んでるので年々酷くなってきていることが分かる。

そろそろ我慢できなくなってきたし、新宿区に電話を入れてやろうと思っていた矢先、
昨日の事だが通路部分に数人の警備員が立っていた。

俺よりも先に誰かが見かねて連絡したのだろうか。
それとも学生の事を恥に思った大手大学が手を打ったのか。

通路部分にたむろする学生はかなり少なくなっていて効果覿面だった。
警備員さんGJ。

しかし、いつまでもそんなこと続かないよ。
もっと根元から改善しないと。

幼い子供相手ならば、
「夜口笛を吹くと天井から蛇が落ちてくる」という類の迷信を刷り込めばいいかもしれないが、
20歳くらいの人間の場合は
社会性の無いことをすると本人達が損をするような仕組みを作るしかない。


※後日談※
この記事を書いた当時、
ネットの知り合いに早稲田大学に通っている方がいたので話を聞いた。

その人によると大学にも苦情が来ているそうだ。
大学側としては、もう大学生なんだから自主性を持たせたいところだが、
そうはいかず手を焼いてるとか。

馬鹿な学生を持つと大変である。
勉強ができるだけに、自分が馬鹿だという自覚を持ちにくいのだろう。

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【前提】
社会性の基本は、人と人とがバランスを取ることである。
http://kur0kab1.blog.shinobi.jp/Entry/48/


【前ふり】
その昔、三波春夫さんが「お客様は神様です」と言ったらしいが、
この人はとても謙虚な人なのだろう。

本来ならば、三波春夫さんとファンのバランス関係として、

ショーサービスを提供(+) 三波さんへのリスペクト(+) & お金(+)

これでも成り立つ。
          (+)は相手への利を表す。 (-)の場合は相手への損。

しかし、三波さんはこう考えたのだろう。

三波春夫        ファン
ショーサービス(+) お金(+)
お客様へのリスペクト(+)三波さんへのリスペクト(+)

三波さんとしては、従来のバランスの取り方に違和感があり、
調整したのではないか。

それが「お客様は神様です」の真意だと思う。

実にバランスの取り方がうまい。
すなわち、実に社会性のある考え方なのだ。


【本題】
それでは、一般のお店ではどうだろう。

店は以下の事を提供している。
・主となる商品やサービス
・お客さんに気持ちよく利用してもらう為の謙虚な態度。

ここらへんは三波さんとは変わらないかもしれない。
(店員に謙虚な気持ちなど無いかもしれないが、態度だけでも意味はある)

しかし、
この、店員さんの謙虚な態度をみて、

「客の方が偉いんだ」と勘違いをしてしまう馬鹿がいる。
「お客様は神様なんだ」と三波さんの言葉を誤用する人間もいるようだ。

実に低能である

なぜならば、お店とお客のバランスは以下の通りだからだ。

お店                                               お客
商品やサービス(+) :お金(+)
お客様へのへりくだった態度(+)店を再利用する可能性向上(+)

この時点でバランスは取れている。


しかし低能な客は、ここへ勝手に「横柄な態度」をぶっこもうとする。

お店                                                お客
商品やサービス(+) お金(+)
お客様へのへりくだった態度(+) 店を再利用する可能性向上(+) & 横柄な態度(-)


完全にバランスが悪くなっているのがお分かりだろう。

低能なばかりに、社会性というものが理解できず、
バランスの取り方が分からなくなってしまっているのだ。

それによりもたらされる社会的害悪は数知れない。

スマホをいじりながら前を見ずに歩く低能。
電車の中で自分の趣味に没頭し、周りへの配慮(バランス取り)を怠る低能。

いろいろ思いつくだろう。

それが、

社 会 性 ゆ と り だ。
http://kur0kab1.blog.shinobi.jp/Entry/37/

社会性というものが理解できないが為に、
社会性にゆとりが発生してしまっている状態だ。

ゆとり教育とは関係ない。
育ってきた環境によるものである。


社会性のない者は、社会から批判されるのが社会の筋。

みんなで社会性ゆとりを叩かなければいけない。

自分の利益ばかり優先し、殿様商売をしているような横柄な企業も叩いた方が良い。


10年以上、毎日通勤電車に乗っていれば分かる。
道を歩いているだけでも分かる。

日本人の社会性は確実に低下している。

世界的に見れば、日本は民度(社会性)の高い国かもしれないが
このままでは、戦前のような社会性のない国になるのは確実だ。

なんとかしたい。
だから社会性のない人間を叩く。

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本当に叩くべき "ゆとり" は、いわゆる、ゆとり教育を受けてきた人間ではない。

【前ふり】
ゆとり教育を受けた人間の何が悪いのかというと、
・学習範囲の縮小により、脳みそが鍛えられていない。
・一日の授業量が減った事により、忍耐力が鍛えられていない。
という事くらいだろうか。

国家としては、優秀な人間を育成し、社会で価値を発揮して欲しいところでしょうが、
我々一般人が社会生活するうえで、ゆとり教育の弊害というのはそれ程現れていないのではないでしょうか。

なぜならば、
巷で言われている「これだからゆとり世代は」という話を聞いてみると、
「それは本当にゆとり教育のせいなのだろうか」と疑問を持ってしまうような事ばかりだからだ。

ネットで「ゆとり世代の特徴」を検索して、
その特徴がゆとり教育とどう因果関係があるのか考えてみてください。

「ゆとり世代の特徴」として挙げられているものの中には
時代的な事柄(育ってきた環境など)によるものまで含まれていることに気付くでしょう。

【問題提起】
本当に批判されるべき "ゆとり" は、ゆとり教育を受けてきた世代なのか。

私の考えでは、本当に叩くべき ”ゆとり” は、
社会性にゆとりを持ち過ぎた、

  社 会 性 ゆ と り 

である。

それは若い世代だけじゃない。
その若い世代が育ってきた環境を作り出した、親の世代さらにその上の世代にもある。

街をあるいて、電車に乗って、人を観察してみたらわかるが、
お年寄りから若者にいたるまで、社会性ゆとり人間だらけである。

これから記述することは、社会生活を送る全ての人間が考えるべき問題だ。

【本題】

途中で書くのをやめたら何書こうとしたのか忘れた。

↓確かこのような事を書こうとしてたんだと思う。
http://kur0kab1.blog.shinobi.jp/Entry/38/

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